その昔、巨椋池を南に見下ろす位置にあった伏見山(木幡山とも言う)は、伏見の神奈備(神霊が鎮座する山や森)であった。
 この神の宿る山を御室山といい、そこに祀られた神社を御諸(みもろ)神社といって、これが、御香宮神社の前身である。

 貞観(じょうがん)四年(862)に、神功皇后の廟である、筑紫の香椎(かしい)宮から、祭神(神功皇后)を伏見の御諸(みもろ)神社へ勅令をもって勧請(神仏の分霊を請い、お迎えして合祀)することになった。
 そのことから、御諸神社の「御」と香椎宮の「香」をとって「御香宮」と呼ぶようになる。

 御香宮神社が、「安産の社」として信仰をもっているのは、神功皇后が、新羅から筑紫へ凱旋のとき、応神天皇を無事出産したことに由来している。

 また筑紫の香椎宮は、神功皇后の霊廟として、外敵に対する守護神という特別の信仰があった。
 したがって、御香宮においても、元寇の時の後宇多天皇や、朝鮮侵攻の時の豊臣秀吉が御香宮で祈祷を行っているのは、神功皇后の故事にあやかるためであった。

 当時、御香宮の社地は、現在より東へ、24号線を越えた高台にあったが、豊臣秀吉が伏見城築城の際に、鬼門の守護神として大亀谷(今の古御香町)に移していたのを、徳川家康が慶長八年(1603)に現在の位置に移した。

 長いこと御香宮神社神幸祭(ごこんさんのお祭り)は10月1日〜9日(体育の日が祝日になってからは10日)まで行われていたんですが、2〜3年前からはややこしくなりました。
とにかく今年は(9月29日から10月7日まで)9日間行われました。

 これを機会に御香宮神社のことや、地域のお祭りのことなどを調べてみました。








ごこんさんのお祭りの様子です

各町内の花傘の準備風景です。

花傘パレードの予行演習です。

御香宮境内のお祭り風景です。

本番当日の花傘パレードです。

最終日のおみこしの順行です。

平成14年のお巡行の様子です。






御香宮境内の絵図です



大手筋通りのことです







 ホーム・ページを始めて、もうすぐ一年になるのを記念してわが氏神さんの「御香宮神社」を大特集しました。

 まず、お祭りのことですが、地域の人たちの手助けが無ければ成り立たないということを実感しました。

 最終日の「神輿渡御」や「稚児行列」は毎年しっかりした組織のもと運営され盛大に行われてます。

 一方「花傘パレード」は、各町内の有志方々の御努力で続けられています。
 今年は最盛期の半分くらいの数にはなりましたが、花傘パレード本番の6日(土)には、20あまりの町内の工夫を凝らした演出でパレードを盛り上げていただきました。
「ごこんさんの花傘」と言えば、他のお祭りではちょっと見られない独特の催しですので、永く続けてほしいですよね。

 私の小さい頃、花傘の後を「アラウン・ヨイ・ヨイ」「アラウント・マカセ」と叫びながら付いて回り、帰りがけに「お菓子」を貰ったのを好く覚えてます。

 それから、境内の露店では、食べたいもん・買いたいもん・やりたいもん、いっぱいあって「小銭」を握りしめて、何回も境内をグルグル周りました。

 それにしても露店の様子変わりましたねえ。

 射的・輪投げ・金魚すくいなどは少なくなりました。
 寅さんに良く似た鯛焼きのおじさん、何処へ行ったんでしょう? 見せ物小屋のおどろおどろしい看板、もう見られませんね。
 あの「十得ナイフ」のおじさんの素晴らしいガラス切りのテクニック覚えてますか?
真っ直ぐだけじゃなく、まるくドーナツ状に抜いていくのには驚きましたね。
買って帰って、用もないのにガラスを切り刻んでいた人、いるんじゃないですか?



 御香宮神社の詳しいことは、境内の絵図のところで紹介しています。  



ご感想などを掲示板のほうへお願いします。